2010年7月13日 (火)
2010年7月 5日 (月)
連続のレスキュー
友人の父親が山で行方不明となり、捜索に加わった。
現場は身の丈を越す笹薮で、地形も入り組んでいる。捜索隊自体が遭難しそうな場所で、薮の中に身を突っ込んでいくと、10メートル離れている隊員の姿は見えなくなってしまう。
数分おきに笛を鳴らしてもらい、お互いの位置関係を把握しながら捜索した。しかし発見に至らなかった。友人のつらそうな面持ちにかける言葉もない。
次の日もその捜索に入る予定だったが、別の遭難が発生してしまった。救助隊は手分けをして、それぞれに向かった。
朝5時に新穂高指導センターに集まり、早速現場に向かう。現場まではひどい急登が続き、また連日の雨で、体力の消耗が激しい。
5時半頃に登山口を出発し、9時に現場に到着する。雪渓がたっぷり残り、気温も一気に下がる。遭難者は滑落して腰や足を強打し、動けなくなっていた。天候が良ければヘリですぐさま救助できるのだが、回復の兆しが全くなかった。
そして、ここからが本番。遭難者を担ぎ降ろさなくてはならない。
雨でぬれた登山道を一人の人間をおんぶして、交代しながら降りて行く。
足にかかる負担は相当なもので、一人の隊員が進める距離は、わずか10~20メートルほどである。警備隊や消防署員の猛者達ですら、足がブルブルと震えていて、筋肉は常に極限状態に達していた。
合羽や登山靴の中にも雨は入り込み、皆ずぶ濡れになりながら下山し、13時半頃要約登山口に到着する。
極めて過酷なレスキューとなったが、救い出せたと言う現実は、隊員の顔を明るくする。
しかし捜索しても見つからないと言うのは、我々にとってもやりきれないし、遭難者の家族も辛いまま時が過ぎてゆく。
何とか見つかってほしい。
最近のコメント